ノーマン=ロックウエルについて

ロックウエルはアメリカ人が一番よく知っている画家といっても間違いありません。何百万人もの人が「サタデー・イブニングポスト」の表紙を目にしましたし、70年にも渡ってほとんどの雑誌の表紙や挿し絵を書き続けたのです。さらに1952年から72年の間の大統領候補のポートレート、アームストロング船長の月面着陸など20世紀の歴史的事件も題材として手掛けました。ノーマン=パーシバル=ロックウエルは1894年2月3日ニューヨークで生まれました。子供の頃はあまり運動をしないやせた少年でしたが、絵の才能に恵まれていて小さい時から将来は画家になるんだという夢を持っていました。夢をかなえるため、彼は高校を中退しニューヨークにある絵の学校へ移ります。

彼の画家への道は順調でした。16歳の時に最初の仕事が舞い込み、18歳の時にはボーイスカウトのために創刊された雑誌「ボーイズ・ライフ」の挿し絵を書きはじめます。1916年5月20日号の「サタデー・イブニングポスト」では、彼の絵が表紙に採用されます。彼が22歳のことでした。これが以後47年間にわたる321枚ものイブニングポストの表紙絵の始まりでした。さらに25年にはボーイスカウトのカレンダーの挿し絵を手掛けます。この仕事も以後50年にも渡って続けられることとなりました。第2次世界大戦中には、「ひじ掛け椅子に座る将軍たちのシリーズ」、「4つの自由」など、多くの戦争を題材としたシリーズを製作します。

1943年には大変なことが起きます。ヴァーモント州アーリントンにあった彼のアトリエが全焼していまいました。彼が30年にも渡ってリサーチした資料、たくさんのオリジナルの作品、そしてトレードマークだった彼のお気に入りのパイプまでが失われてしまったのでした。彼は気持ちを新たに再スタートを切る決心をし、アメリカ人の生活を中心とした作品やフォードやマサチューセッツ・相互保険など企業の広告も多く手掛けました。あんまり知られていませんが、実は彼は多くの広告を手掛けていて全作品の約25%は広告に関するものですが、あんまり商品が前面に出ていないのが特徴です。


53年には家族と共にマサチューセッツ州ストックブリッジへと移住し、左の写真の家に移りました。56年にはパン・アメリカン航空(懐かしいですね!私が初めてアメリカに旅行した時も利用しました。すんごい前のことですいません。)の広告製作のため世界旅行をし、その際には日本にも寄っています。63年には「サタデー・イブニングポスト」の最後の表紙となり、64年からは「ルック」の表紙を以後10年に渡って手掛けます。雑誌の内容が変わったことで、政治的・社会的要素を含んだ題材が次第に多くなります。66年には「駅馬車」のプロモーションのためにハリウッドを訪れ、彼自身もギャンブラー役で画面に登場しました。 ロックウエルは70年台半ばまで作品を描き続けます。特に76年はアメリカ建国200周年のため、いろいろなことがありました。「アメリカン・アーティスト・建国200周年記念号」の表紙やボーイスカウトの最後のカレンダーも製作します。さらにストックブリッジでの建国200周年を記念するパレードに参加し、人々から栄誉を受けます。77年には当時のフォード大統領より、彼にとっての最高の栄誉である大統領自由勲章を送られました。それから1年後の1978年11月8日、ストックブリッジの彼の家で安らかに永眠します。享年84歳でした。後には3人の息子と7人の孫が残されました。

ノーマン=ロックウエル美術館

行き方:マスパイク(90号線)出口2番(リー)で降ります。注意・マスターンパイクの出口3番と2番の間はなんと29マイル(約45キロ)もあります。途中サービスエリアはあるけど、何にもない山の中を走って行きます。居眠り運転をしないよう注意。出口を降りたら、ストックブリッジ方面のサインに沿って102号線へ。しばらく走るとストックブリッジの町の中心に出ます。その後102号線(Main St.)をさらに西に向かい、Churchi St.(102号線)を右に曲がります。2キロちょっと走ると点滅信号があり、そこに183号線のサインがあるので左に曲がって183号線サウスに乗ります。少しいくと「ノーマン=ロックウエル美術館」のサインがあるので、左に曲がると入り口です。ボストンから2時間30分くらいの道のりです。不安な人はストックブリッジにあるインフォメーションに美術館までの行き方を説明した紙が置いてあります。詳しい情報は
http://www.nrm.org/へどうぞ。


注意事項:6月〜9月くらいの夏期はギフトショップの横にテントが貼られて、サンドイッチなどの軽食や飲み物を買うことができますが、たまに売り切れてしまうこともあります。美術館の中にはそれ以外にはカフェテリアなど、食事をできる場所がありません。食事の時間を考えて行くようにした方がいいと思います。天気のいい時はお弁当を持って、広い敷地内でピクニック気分を楽しむのも悪くないですよ。その2・館内はロビー付近を除き、一切撮影は禁止です。その3・多くの美術館のように入場料を支払うとバッチをくれます。ポケットなど、どこか見えるところにつけましょう。NRと書いてあるかなりシンプルなバッチです。

1967年にロックウエル夫妻を初めとするストックブリッジの人々がメイン通りにあるオールド・コーナーハウスと呼ばれる歴史的は家を購入しました。69年には一般に公開され、町の図書館の歴史資料と共にロックウエルの作品も展示されていました。73年にはロックウエルは、彼の作品の維持と展示のために作品をすべて美術館に依託しました。ノーマン=ロックウエル・アートコレクション・トラストと呼ばれるこのコレクションは、現在の美術館のコレクションの基盤をなすものです。3年後には彼のアトリエ(右の写真)も依託されることになります。現在のロックウエル美術館は1993年にオープンしたものです。町の中心から少し離れた静かな場所へ移り、36エーカーもの広い敷地に囲まれています。建物のデザインはロバート=スターンで、ニューイングランドのタウンホールをイメージして作られました。仕事場も一般の人に見てもらいたいという彼の遺言を尊重するために86年には彼のアトリエも敷地内に移築され、5月から10月の間一般に公開されています。さらに敷地内には息子のピーター=ロックウエルの彫刻もあちこちに展示されています。美術館には年間25万人を越える人々が訪れています。常設展では「Stockbridge Main Street at Christmas」を初めとするロックウエルの代表作を楽しむことができます。


上記で紹介したストックブリッジにある美術館がもっとも有名ですが、ロックウエルがストックブリッジに引っ越しする前・1939年から53年の間に住んでいたバーモント州アーリントンにも彼のギャラリーがありました。オリジナルの作品はなくとってもこじんまりとしたギャラリーですが、売店と展示があります。特にロックウエルの絵のモデルとなったバーモントの人々についての解説(左の写真)はなかなか面白いと思います。ロックウエルの作品には必ずと言っていいほどモデルとなった人が存在し、彼が住んでいたアーリントン近郊の人々も例外ではありませんでした。あの絵のモデルになった人はこんな人たちだったのか・・・と、ロックウエルの絵をさらに楽しむことができました。現在この美術館にあった展示品はバーモント州ラットランドに移ったようです。詳しくはwww.normanrockwellvt.comへ。


他にもロックウエルに関連のある場所を紹介します。ロックウエルが以前にアーリントンで住んでいた家は、現在The Inn on Coverd Bridge Greenというベッド&ブレックファーストになっています。住所:3587 River Rd. Arlington VT 05250 電話:1-800-726-9480 そして何と43年の火事の後にロックウエルが再建した彼のアトリエ(上の写真)にも泊まることが出来ます!!ファンにはたまりませんね。名前からも分かる様に赤いカバードブリッジ(屋根付きの橋)が目印で、ロックウエルが住んでいた頃のイメージそのままです。詳しくはhttp://www.coveredbridgegreen.com/へどうぞ。またベニントンには、グランドマ=モーゼスの絵をたくさん所有しているベニントン美術館があります。

ロックウェルの作品を楽しみたい方はポッキーの好きな作品へどうぞ