ボストン・ポップス

ボストンにはシンフォニーオーケストラだけではなく、ポップスもあるのを忘れてはいけません。映画音楽などポピュラーな曲が中心なので、クラッシックが苦手な人でも大丈夫。1階のフロアの席は全て取り外されて、代わりに丸テーブルと椅子が置かれ、ワインを飲んだり軽食を食べながらコンサートを聞くことができます。飲んだり食べたりはもちろん別料金ですけど、変なところでケチるもイヤなのでついつい頼んでしまうような気がします(笑)。ボストン・シンフォニーオーケストラとはまた違った雰囲気で音楽を楽しむことができます。ほとんどのコンサートにテーマが決まっているので、曲の種類を想像することができます。独立記念日に向けての夏のコンサート、クリスマスシーズンのホリデイコンサート。それぞれにその季節を繁栄した楽しさを味わうことができます。ただし7月4日の独立記念日に向けてのシーズンには、アメリカ・バンザイ的な曲がとにかく多い。盛り上がったところで、舞台の上からアメリカ国旗が降りてくるアレンジは毎年やっているかも・・・でもいつもアメリカ人にはバカ受けしてます
ボストン・ポップスのチケットの買い方


<シンフォニーホールボックスオフィス>
月〜土・午前10時より午後6時までとコンサートが開かれる時はインターミッションまでオープンしています。時間があるならば、この方法が一番安くて確実です。
<電話で予約する>
617-266-1200もしくは、1-888-266-1200へ。月〜土・午前10時より午後6時まで。アメリカンエクスプレス・ビサ・マスターカードでの支払いができます。
<インターネットでアクセス>
同じくクレジットカードを使ってチケットを購入することができます。詳しくはhttp://www.bso.org/へどうぞ。高い席から順にフロア・ファーストバルコニー・セカンドバルコニーの3種類があります。フロア席ではコンサート中に飲み物・軽食を取ることができますが、他のお客様とテーブルをシェアすることになります。値段はコンサートによっても異なるので確認してみてください。又、月曜日はコンサートが行われない場合が多いです。それから大学の卒業生の集いの日のチケットも売り切れの日がほとんどです。ボストンシンフォニーホールについて詳しく知りたい方はこちらへどうぞ。


ボストン・ポップス・オーケストラ

1885年7月11日、土曜日の夜に新しいタイプのコンサートが紹介されました。ボストン・シンフォニー・オーケストラの創立者・ヘンリ=リー=ヒギンソンが、夏のウィーンの屋外で行われたプロムナード・コンサート(堅苦しくなく、飲み物を飲んだりしながら聞けるコンサート)を再現したのです。これがボストン・ポップスの始まりでした。ヒギンソンはボストンの人々にもっと音楽を楽しんでもらいたかったのと同時に、彼が創立したボストン・シンフォニー・オーケストラの団員たちに夏の間にも何か仕事をさせてあげたかったのです。

最初のうちはヨーロッパのコンサートを模倣したものが多かったのですが、1890年代のアメリカ音楽の台頭と共に次第にアメリカの曲がナンバーに加わってきます。1899年にはその2年前に作曲された「The Stars and Stripes」がエンディングのテーマとなりました。1900年にはプロムナードコンサートからザ・ポップスへとコンサートの名前も変わります。1926年にはアーサー=フィドラーを指揮者に迎えます。45年間の歴史の中で、初めてのアメリカで生まれた指揮者の登場でした。彼は多くの新しいチャレンジを行います。その最も有名なのは独立記念日に初めて野外で無料のコンサートを行うことを決めたことでしょう。1929年7月4日、チャールス川横のエスプラナードで初めての独立記念日コンサートが行われました。毎年盛り上がるあのコンサートを始めたのはフィドラーなのです。アーリントン通りからエスプラナードへ渡る歩道橋に彼の名前が残っていますね。

さらに彼はジャズのナンバーやブロードウエイのヒット曲もコンサートに加え、1935年にはボストン・ポップス最初のレコードを発売します。これはアメリカのオーケストラのレコードで初めてのミリオンセラーを記録しました。ポップスのコンサートをテレビ・ラジオで放送したのも彼のアイディアでした。そして1976年7月4日、アメリカの独立200周年を祝うコンサートは40万人以上の人が参加する歴史に残るイベントとなりました。50年間もの長い間ボストン・ポップスをリードしてたフィドラーですが、多くのファンに惜しまれつつ79年7月10日に亡くなります。

フィドラーの後は映画音楽で有名なジョン=ウイリアムスが登場します。ジョーズ・未知との遭遇・スターウオーズ・ジュラッシックパーク・・・・彼が作曲した映画音楽を挙げたらキリがないほどです。彼はNYでジャズのピアニストをしたり、ドリス=デイなどの有名なアーティストのアレンジも行っていたというユニークなバックグラウンドの持ち主でした。その経験を活かし、新しい曲を作曲したり、昔の懐かしい曲をアレンジを変えて紹介したりします。「フィドラーの遺産を上手く残しながら、彼自身の世界を作り上げている」と批評されたように、ジョン=ウイリアムスのポップスも多くの人の心をつかみました。ところが91年クリスマスに、できたらあと数年で引退したいと表明し、95年にキース=ロックハートがボストン・ポップス第20代目の指揮者に就任しました。

キース=ロックハート

1959年11月ニューヨーク州プーキシー生まれ。95年にボストン・ポップスの指揮者に就任した時はわずか35歳でした。既に180以上のコンサートをこなし、PBSの「Evening at Pops」など30近くのテレビに出演し、日本・韓国でも海外公演を行ないました。最初のCD「Runnin' Wild」は20万枚ものヒットになりました。最近ではアメリカン航空のコマーシャルでもおなじみですね。

クラッシック畑で育ちながらもロックバンドも経験し、ミュージカルやジャズも好きだそうです。音楽にジャンルの垣根を作りたくないという彼が現在のボストン・ポップスの指揮者です。