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ジョン=万次郎について
万次郎は1827年土佐・中ノ浜に生まれました。1841年、万次郎が14才の時に土佐・宇佐から出漁しますが、そのわずか2日後に嵐で遭難し無人島(現在の鳥島)へ流されます。143日間にも及ぶ無人島での生活を救ってくれたのは、マサチューセッツ州フェアヘブンの捕鯨船「ジョン=ハウランド号」(写真左・この絵はミリセント図書館に展示されています)でした。この船は日本の近くまで鯨を取りに来ていたのですが、大きな海亀の卵を食料にしようと偶然島に近付いて来たのでした。ホィットフィールド船長は、万次郎を初めとする5人は日本人であることに気がついていましたが、当時の日本は鎖国政策を取っていたので、船の中に保護するより仕方がありません。そのため5人を日本に近いホノルルに上陸させ、船長が親しくしていた宣教師に保護を頼みます。
5人の中でも一番若く、献身的に仕事をこなし英語にも興味を覚えた万次郎を気に入った船長は万次郎をアメリカに連れていくことを決めます。「ジョン=ハウランド号」の名前をとって、ジョン=マンというニックネームもつけてくれました。ホノルルを出発してから1年半あまり、1843年5月万次郎はフェアヘブンに到着します。
フェアヘブンに戻ってからホィットフィールド船長は、万次郎を自分の養子としてかわいがってくれました。東洋人ということで、自分の属していたオーソドックス教会から万次郎の入会を断られると、だまってユニタリアン教会へと宗派を変えたほどです。万次郎は学校にも通わせてもらい、個人教授も受けて英語を完璧に話すようになり、船長の息子たちも通っていた名門・バートレット校の試験にも合格します。仲のいい友だちもでき、船長の家の近所に住むキャサリンという婚約者もでき、万次郎の生活は充実したものになっていきます。そんな時「ジョン=ハウランド号」の仲間から声をかけられ、捕鯨船「フランクリン号」に乗りこむことになります。1846年のことでした。
3年もの長い航海の後、万次郎がフェアヘブンに帰ると婚約者のキャサリンが事故で亡くなったニュースが待っていました。愛する婚約者の死の絶望した万次郎は日本で待つ家族・ハワイにいる仲間のために日本へ帰国することを決意します。丁度カリフォルニアで金鉱が見つかったというニュースもその気持ちに拍車をかけることとなりました。カリフォルニアで金鉱を見つけて、そのお金で仲間と共に故郷へ帰ろうと思ったのです。
| 万次郎は一体どれくらいの間アメリカに滞在していたのかというと、約3年半という短い間です。フェアヘブンに到着してから約3年間落ち着いて暮らした後、3年4ケ月ほど捕鯨船の航海に出ました。日本へ帰国を決める前に再びフェアヘブンに2ケ月ほど滞在し、さらに日本に帰国する途中カリフォルニアに3ケ月ほど滞在しています。以上、アメリカ大陸での生活の合計は3年5ケ月ということになります。 もちろん、この他に日本からフェアヘブンまでの往復の航海の時間が加わることとなります。何と行きは2年3ケ月、帰りは3年もかかっています。日本に着いてからの取り調べの期間を入れるとさらにその期間は長くなり、家を出発してから帰宅するまで何と12年近くの歳月を必要としたのでした。 |
万次郎はカリフォルニアで金鉱を発見して作ったお金を基に、ホノルルにいた仲間と共に日本に帰りつきます。しかし、琉球・鹿児島・長崎と続いた長い取り調べ、さらに牢屋にも入れられ、故郷・土佐に帰るには約2年の月日を必要としました。久しぶりに故郷に帰ったのも束の間、黒船の出現により江戸へ行くこととなります。分明開化の嵐が吹き荒れる中、万次郎は様々な活躍をすることとなります。軍艦教授所の教授に任命されたり、英会話書を書いたり、航海書の翻訳も行います。そんな中、1870年に万次郎は恩人・ホィットフィールド船長との再会を果たします。ヨーロッパ視察団の一員としてヨーロッパに行く途中、ニューヨークに立ち寄った万次郎はフェアヘブンまで足を延ばしたのでした。たった1泊の滞在でしたが、久々に友情を確かめあったのでした。
その後、ホィットフィールド船長は1886年82才で、万次郎は1898年71才で亡くなりました。しかし万次郎とホィットフィールド家の交流は今でもそれぞれの子孫の間に受け継がれています。上の写真は万次郎とホィットフィールド船長と万次郎たち救出の図で、ミリセント図書館で見ることができます。
万次郎の呼び名はいろいろとありますが、もともとは漁師ですから名字はありませんでした。日本へ帰ってきて幕府の元で働くことになった時に名字が必要となりました。土佐の中ノ浜出身の万次郎なので、地名を取って中浜万次郎と名乗ることになります。現在、最もおなじみのジョン=万次郎ですが、これは絵本や物語が次々に出版される中でつけられた名前です。恩人・ホィットフィールド船長への手紙の中で1度だけジョン=万次郎と署名をしていることがあるようですが、一般にはそう呼ばれてはいなかったようです。
万次郎についてもっと詳しく知りたい人は、津本陽さんの「椿と花水木」(新潮文庫)をどうぞ。この題名は万次郎が最愛のキャサリンに「もし男の子が生まれたらドッグウッド(花水木)、女の子が生まれたらカメリア(椿)」言ったことに由来します。捕鯨船の航海の間にキャサリンが亡くなってしまうので、その願いはかなわないままに終わってしまうのですけど。ちなみにキャサリンという婚約者の存在はあくまでも小説上のことで、フィクションだという説もあります。
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