ボストンからちょっとドライブ


このページではボストンから気軽にドライブできるコネチカット州にある見どころを案内していきます。天気のいい週末にちょっとどこかへ遊びに行きたいという人におススメ。ボストンを初めニューイングランド地方では夏はとっても短く、メモリアルデイからレイバーデイまでの3ケ月しかありません。短い夏を思いきり楽しむためにも是非参考にしてください。基本的にここで紹介するほとんどの場所は車がないと行けないと思います。また場所によっては春〜秋のシーズンのみしかオープンしていませんので、必ず確認してください。それから入場料がかかる場所では、念のためAAAのディスカウントの問い合わせも忘れずに。

マーク=トゥエインの家

行き方:マスターンパイク(90号線)から84号線に乗りコネチカット州ハートフォード出口46番で降り、Sissor通りからFarmington通りへ。マーク=トゥエインの家の看板を探してください。駐車場から階段を上った所に家があります。詳しくはwww.marktwainhouse.orgへどうぞ。 

定期的に行われているガイド付きツアーに参加しないと家の内部の見学はできません。マーク=トゥエインは現在でも人気がある作家なので、時期によっては多くの人で賑わっています。自分のツアーまで時間があるならば、家の周りを散策したり、彼のご近所さんだったストウ夫人の家を見学するのもいいアイディアだと思います。またお買い物好きならば、ギフトショップも充実しています。ツアーは1階から3階までのほとんどの部屋を案内してくれるので、約1時間ほどかかります。

1873年、サミュエル=クレメンツことマーク=トゥエインはハートフォードにあるヌック農場と呼ばれていた場所に土地を購入し、ニューヨークの建築家エドワード=タッカーマンに設計を依頼しました。翌年秋に家が完成しましたが、家を建てる費用がかかり過ぎてしまったためにしばらくの間いくつかの部屋は家具も置けないような状況だったそうです。ところが1881年になると、あの名作「トム=ソーヤーの冒険」の成功のおかげで彼等の家の状況は一変することとなります。キッチンが拡張されただけでなく、各部屋にはティファニーを初めとする有名なデザイナーによる装飾がほどこされました。現在でも当時の彼等の豪華な生活の雰囲気を感じることができます。トゥエイン一家は1891年までこの家で生活をし、その間に「ハックルベリーフィンの冒険」もこの家で執筆されました。

ミスティック・シーポート

行き方:95号線サウスをひたすらまっすぐドライブ。ロードアイランド州を抜けて、コネティカット州に入り出口90番で降り、27号線サウスを1マイルほど走るとあります。ボストンから約2時間ほど。詳しくはhttp://www.mysticseaport.org/へどうぞ。

ミスティック川の河口にある港街コネティカット州ミスティックでは長い間造船が行われていましたが、造船所が閉鎖されてからその歴史は次第に失われて行く運命にありました。そんな中、1929年にミスティックに住む3人がマリン・ヒストリアル・アソシエーションを創立しました。次第に失われていくマリタイムの歴史を保存しようと考えたのです。彼らはジョージ=グリーンマン・シップヤード(1838年にオープンし、100隻もの船が次々に建造されたそうです)の跡地で彼らのマリタイム・コレクションと船を一般に公開しました。とはいえ、展示の建物も船も1つしかないという規模の小さい物で、この状況は1940年代まで変わることはありませんでした。第2次大戦の後、彼らのコレクションは飛躍的に増えることとなります。現在、37エーカーもの土地に帆船、灯台、船大工の小屋など19世紀の村を再現した60もの建物がある博物館に成長し、年間40万人もの観光客が訪れるようになりました。

見どころは何といっても船!ほとんどの船に自由に乗船できます。

  • チャールズ・W・モーガン
    現存する唯一の木造の捕鯨船で、1841年にマサチューセッツ州ニューベッドフォードで建造されました。石油がなかった時代には鯨油はどの家庭でも重要な物で、モーガン号も捕鯨船として80年間も活躍しました。ナショナル・ヒストリック・ランドマーク。
  • ジョセフ・コンラッド号
    1880年デンマークでのこと。息子も船乗りにしようと夢みていたある船長の1人息子が、肺炎で亡くなるという悲しい出来事がありました。その2年後、船長は若者を船乗りにするための練習船を任されることになり、船に息子の名前を付けました。この練習船は52年間にも渡ってバルト海や北海で活躍をし、4000人もの船乗りを育てました。現在でも博物館の教育プログラムで重要な役割を果たしています。
  • サビノ号
    1908年にメーン州イースト・ブースベイで建造され、ケネベック川やカスコベイなどで観光船として活躍していました。現在でもその役割は変わっていません。5月から10月中旬までミスティック川のクルーズを楽しむことができます。

ニューイングランド航空博物館

行き方:90号線から91号線サウスに乗り、出口40番で降ります。ブラッドレー国際空港の裏手にあります。詳しくはhttp://www.neam.org/へ。

58エーカーのサイトの中に、3つの巨大な格納庫と屋外の展示があり、100以上の航空機が展示されています。最初の格納庫:軍関係の展示では、第1次大戦から湾岸戦争までに使用された航空機を見ることができます。次の格納庫:民間航空の展示では、初飛行に成功したライト兄弟や世界最初の定期便など、航空界の歴史を学ぶことができます。いよいよ最後の格納庫:第58爆撃部隊の展示ではB-29・ジャックスハックを見ることができます。私がこの博物館へ行った理由は何といっても完全な形のB-29を見たかったから。館内が暗くて上手く写真を撮れなかったので、このページに載せることができないのが残念。いかに大きいかは是非実物を見てください。

ダイナソー・ステート・パーク

行き方:90号線から84号線に乗り、ハートフォードで91号線に乗り出口23番で降ります。ハートフォード近郊に来る用事があったら是非どうぞ。本物の恐竜の足跡がたくさん見れます。詳しくはhttp://www.dinosaurstatepark.org/へ。

コネチカット川沿いは昔から恐竜の足跡の化石が発見される場所として有名でした。1966年8月、州政府のビルを建築するためにブルドーザーで作業をしていたエドワード=マッカーシが6つの巨大な3本指の足跡を発見しました。恐竜の足跡でした。地元の専門家の調査により、その周辺からさらに多くの恐竜の足跡が発見され、その場所をステートパークとして保存することになりました。1968年にオープンしたダイナソー・ステート・パークでは巨大なドームの下に、発見された約2000の足跡のうち約500もの恐竜の足跡を見ることができます。これだけの数の恐竜の足跡の化石を見れるのは、まさに感激としか言いようがありません。ここに展示されているのは、映画ジュラシックパークでおなじみのディロフォサウルスに似た、ユーブロンテスと呼ばれる恐竜の足跡。3つの足指で支え、2本足で歩行していたと考えられています。

さらに、ステートパークでは恐竜の足跡の複製を石こうで作って持って帰ることが可能です。近所のハードウエアショップで、バケツ・石こうなどを購入し、ステートパークが用意する恐竜の足跡の型に流し込めば出来上がり。何といっても本物の恐竜の足跡ですよ。これは久々の感動もので、はりきって作成しました。右の写真を見てみると感じが分かるでしょうか。ポッキーの右横に写っている白くて丸い物体が作成した恐竜の足跡です。ステートパークの周りには約2マイルのネイチャー・トレイルもあります。ピクニックエリアもあるので、散歩してみるのもいいかもしれません。

ジレット・キャッスル・ステートパーク

行き方:90号線から84号線に乗り、ハートフォードで91号線に乗り出口22番から9号線サウスへ。出口7番で降り、82号線イーストに乗り、そこから先はサインに従ってドライブ。詳しくはこちらへ。

コネチカット川の東側の岸に、地元ではセブンシスターズと呼ばれていた7つの丘がありました。一番南側にあり、中で一番高かった丘の上にある184エーカーもの広大な土地に、1919年俳優、脚本家、ディレクターとして有名なウイリアム=フッカー=ジレットは巨大な家を建てました。この独特なデザインの家は、セブンス・シスター(7番目の丘の上にあったので)、もしくはジレットキャッスルと呼ばれました。24の部屋がある中世のお城のようなこの建物の周りの壁には地元のかこう岩が使用され、写真のようなユニークな外観が特徴。47のドアはすべて異なるデザイン、家具も部屋のイメージに合わせて特別にデザインされていて、ここは20人の大工さんが5年もかけてやっと完成したジレット氏のまさに夢の家。敷地には3マイルの長さを走るナローゲージの電車、グランドセントラルと名付けられた駅までありました。

ジレット氏は1853年コネティカット州ハートフォードに生まれ、小さい頃から友だちに人形劇を見せたりするのが好きでした。20才になると俳優の道を目指し、彼が亡くなる1年前の1936年まで俳優として活躍しました。中でも、独特のスタイルで演じるシャーロック=ホームズが最も有名でした。ジレットキャッスルはジレット夫人の遺言により、1943年にステートパークとして保存されることになりました。